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あれこれ

読書スランプと本との相性

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個人的に思うのは:「読書スランプ」が起こる時点で、読みたく無い本を読んでるんじゃないかと思う(ただ彼が冒頭で引用した人たちは仕事で本を読まねばならなかったりするのでそれは別かもしれない)。

趣味で読むならば本は映画や音楽のようにすごく至福でリッチな体験であってよくて、苦しむ必要はないのだ。スマホのコンテンツをも読めないならば確かに「活字スランプ」かもしれないが、SNSやメールは読めて本が読めないのは、読んでる本と合わないだけだと思う。見たくない映画をみたり聞きたくない音楽を聴く人がいないように、読みたくない本はよまなければいい。私も「この本ダメー」と思ったらすぐ読むのをやめる、本にも相性はあるのだ。とここまで書いて、私の本の読み方は、清水幾太郎とすごく似ていたことを思い出した;彼の「本はどう読むか」に激しく同意しながら読んだ。本は魂の対話をする対象であって、盛り上がらない相手に無理やり付き合う必要はないのだ。

本はどう読むか (講談社現代新書)

本はどう読むか (講談社現代新書)

あと私は夏目漱石(とくに三四郎、それから、私の個人主義!)や丸谷才一や井上ひさしや舞城王太郎や保坂和志はとてもテンション上がりながら読み進めるのだけど、相性がとてもあわないのはたとえば山田詠美や村上龍や平野啓一郎など、全部途中で挫折した(批判するわけではない、相性が悪いだけだろう)。村上春樹は読みやすくて全部読んじゃうんだけどとくに好きでもない。英語でも素晴らしいノンフィクションライターは多く、Walter Isaacson の書く伝記はほとんど読んだし、その他素晴らしいサイエンスライターも多い。ピュリッツァー賞もらってる人であれば内容も噛み砕いているうえに文章もわかりやすいことが多い。日本にもこういうノンフィクションの賞ってあるのかしら?相性があうという保証ではないが、最初に選ぶための良い指標にはなる気がする。

本との相性というのはいろいろあって、それは単に文章のリズムの好みやトーンだったりするかもしれないし、あとは内容の背景知識が足り無くて著者と同じスタートポイントを共有してないのかもしれない。たとえば最近は「Team of Rivals」 というリンカーンの伝記読んで面白かったのでじゃあ次は civil rights 読もうと「Parting the Waters」という本に手を伸ばしたら後者はさっぱり意味がわからなかった;キング牧師の生まれ育った地域にある多数のキリスト教コミュニティの話から話は始まるのだけど、私にはアメリカ人が共有するであろう協会その他の常識を持ってないせいでこの本で使われる語彙とそこに含まれる意味が理解できなかったのであった。いつかもっとキリスト教やら協会やらをわかりやすく解説してあるような本を読んだあとになって初めてこの本が楽しめるだろう。

天声人語によれば調査対象の大学生の半分が全く本を読んでないそうだが、彼らは自分と相性のあう良い本を見つけたことがないだけじゃないかとも思う。本屋では内容の薄い新書や実用書が平積みになっていて、本当に内容がリッチな本が届きにくくなっている気もする