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あれこれ

憂鬱のトリガー

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最近とんでもなく憂鬱な時が結構多い。その憂鬱になる原因はわからないのだけど(むしろ沢山ありすぎて特定できないのかもしれない)、その中でも自分をさらに憂鬱にさせるのは「自己肯定感のなさ」である。自分クソダメ〜って思うたびに憂鬱さが増幅されるのだ。

でもそういうことを考えたときにふと思うのは、憂鬱と、自己否定感、どちらが先なのか?いろいろあった後の憂鬱な気持ちから勝手に始まった脳内連想ゲームの結果、自己否定に陥るのか、それともそもそも自己否定的思考回路が最初におこってそこから憂鬱がトリガーされるのか、どちらなのか?考えてもよくわからないしはっきり言えないのだけど、なんとなく雰囲気的に「憂鬱」からはじまって「自己否定」に陥っていくような気がする。自己否定しようと脳が思い立った瞬間はすでに憂鬱であることが多いのだ。ハッピーな状態で「自己否定するぜ」とはあまりならない気がする。

じゃあ最初の「憂鬱」は何がトリガーなのかと考えると、普段の何気ない行動のありとあらゆることがきっかけとなってるんじゃないかしらと思う。最近は明らかに周りの人の不幸があったからそれはわりと自明なのだけど、その他、ただ「食べ過ぎて苦しい」とか「睡眠不足で眠い」とか「寒い」とか「洗濯物が溜まってて着る服がない」とか(最後はむしろ自己否定の種でもある)、そういうほんのチョットしたきっかけが自分の憂鬱の種を作っているような気がなんとなくしている。私は自分の体のモニタリングが下手なのだ。なんか調子悪いと思ったらご飯食べてなかった〜とかよくある。ただの「身体の不調」と「負の感情」が上手に分けられない気がする(というのはアスペルガーや自閉症的だというのをどこかで読んだ気が)

そうしていったん憂鬱になってしまった状態で脳を制御せず遊ばせておくと気づけば「私はなんてダメな人間なんだあ」といういろんな思考が頭の中を巡っていて1日を送るのがとても大変になるのだった。

とはいっても、ただ経験的に自分が憂鬱になるのはくだらないことがキッカケだという自覚はあるし、自己否定は甘えだとも思うので(←だから「自己否定をしてる自分はなんて甘えたやつなんだ」という自己否定が発生するわけだが)逆に憂鬱で自己否定的な自分に気いたらそれをネタにして真剣にとらえないようにして生きていくことはできる。悲観は気分、楽観は意志である。意志の力が弱まるとエントロピーにまかせて悲観的になってしまうのではあるが

昨日まで長いこととても憂鬱で死にそうだったのだけど(という自分を客観的に眺める第二の自分とともに脳内で共存してたのだけど)、今日よくわからんが朝起きた瞬間に憂鬱が襲ってこずわりと頭がすっきりしていた。「ムッそういえば元気だったころこんな感覚だった気がする」と突然思った。というか、朝起きたときに「普通」な自分を自覚し、それによって逆に最近の自分が慢性的憂鬱だったかもしれないことに気づいた。でもだからといって喜んでいてもそのうちまた慢性憂鬱が帰ってくる気がするのであまり期待もしないのだけど。慢性な憂鬱でもそれを受け入れてしまえば人生それなりに楽しく過ごせる(←矛盾)気がしている。なんてことが言える自分はそれなりに幸せでもあるんだろう。